敷島隊およびレイテ沖海戦戦没者慰霊の集ひ を開催いたしました。
秋晴れの日曜、30名ほどの愛国者が集ってくれました。
 
 

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https://twitter.com/keikandento/status/658152977518084097 

 集ひの主旨説明

 1944年10月23日~25日 

 フィリピン沖レイテ島付近で「史上最大の海戦」と呼ばれる「レイテ沖海戦」がありました。

 この海戦で没した船は以下の通りです。


 駆逐艦   野分 山雲 秋月 朝雲 早霜 満潮 初月 浦波

 軽巡洋艦  阿武隈 鬼怒 能代 多摩

 重巡洋艦  愛宕 鈴谷 筑摩 鳥海 摩耶 最上 

 軽航空母艦・水上機母艦 千歳 千代田 端鳳 

 航空母艦  翔鶴

 戦艦    山城 扶桑 武蔵


 この他にも、没しはしなかったものの連合軍の攻撃により傷つき、戦線を離脱した船も数知れません。

 大日本帝国海軍はこの海戦により、残念ながら事実上壊滅しました。

 多くの船と共に、多くの日本兵の皆様が逝かれました。
 また、敷島隊による特攻が世界で初めて行われました。

 国家の軍隊が組織・運営する部隊による、国家の正規攻撃としての自爆攻撃は、世界を驚かせました。
 それほどまでに日本が追いつめられた戦でした。

 10月25日は、そういう日であります。

 敷島隊および、レイテ沖海戦で没した数多の霊を慰めるべく、慰霊の集ひを開催いたします。

 式次第

 1 献歌

 君が代(脱帽および直立不動)

 君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
 

 海征かば(脱帽および直立不動)

 海征かば 水漬く屍 山征かば 草蒸す屍 大君の辺にこそ死なめ 顧みはせじ


 蛍の光 3番4番

 筑紫の極み、陸(むつ)の奥、海山遠く、隔(へだ)つとも、その眞心(まごころ)は、隔て無く、一つに尽くせ、國の為。
 千島の奥も、沖繩も、八洲の内の、護りなり、至らん國に、勲(いさお)しく、努めよ我が背、恙(つつが)無く。


 ふるさと 2番3番
 如何(いか)に在(い)ます 父母(ちちはは)恙(つつが)なしや 友がき 雨に風に つけても 思い出(い)ずる 故郷
 志(こころざし)を はたして いつの日にか 帰らん 山は青き故郷 水は清き故郷


 2 戦地の石に献水

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https://twitter.com/hX07Ye43yCFwr6d/status/658150957125996545

 3 慰霊の献杯


 4 解散

10月25日は独島の日でもパスタの日でもありません。
日本が特攻という最終手段を使わざるを得ないほど追いつめられた痛ましい日であります。
ささやかながら来年も同様な慰霊の集いを続け、「特攻の日」として全国に周知していきたいと思います。

 

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